大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成5年(行ツ)11号 判決 1997年1月28日

上告人

日本道路公団

右代表者総裁

鈴木道雄

右訴訟代理人弁護士

神田昭二

眞田文人

右補助参加人

松永虎槌

右訴訟代理人弁護士

松崎孝一

被上告人

山下芳秋

右訴訟代理人弁護士

山崎照夫

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人神田昭二、同眞田文人の上告理由一及び上告補助参加代理人松崎孝一の上告理由一について

土地収用法における損失の補償は、特定の公益上必要な事業のために土地が収用される場合、その収用によって当該土地の所有者等が被る特別な犠牲の回復を図ることを目的とするものであるから、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の有する財産価値を等しくさせるような補償をすべきであり、金銭をもって補償する場合には、被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することを可能にするに足りる金額の補償を要するものと解される(最高裁昭和四六年(オ)第一四六号同四八年一〇月一八日第一小法廷判決・民集二七巻九号一二一〇頁参照)。同法による補償金の額は、「相当な価格」(同法七一条参照)等の不確定概念をもって定められているものではあるが、右の観点から、通常人の経験則及び社会通念に従って、客観的に認定され得るものであり、かつ、認定すべきものであって、補償の範囲及びその額(以下、これらを「補償額」という。)の決定につき収用委員会に裁量権が認められるものと解することはできない。したがって、同法一三三条所定の損失補償に関する訴訟において、裁判所は、収用委員会の補償に関する認定判断に裁量権の逸脱濫用があるかどうかを審理判断するものではなく、証拠に基づき裁決時点における正当な補償額を客観的に認定し、裁決に定められた補償額が右認定額と異なるときは、裁決に定められた補償額を違法とし、正当な補償額を確定すべきものと解するのが相当である。

所論は、補償額の決定につき収用委員会に裁量権があることを前提とするものであって、その前提において失当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

上告代理人神田昭二、同眞田文人の上告理由二及び上告補助参加代理人松崎孝一の上告理由二について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づき原判決を論難するものであって、採用することができない。

上告代理人神田昭二、同眞田文人の上告理由三について

土地収用法一三三条所定の損失補償に関する訴訟は、裁決のうち損失補償に関する部分又は補償裁決に対する不服を実質的な内容とし、その適否を争うものであるが、究極的には、起業者と被収用者との間において、裁決時における同法所定の正当な補償額を確定し、これをめぐる紛争を終局的に解決し、正当な補償の実現を図ることを目的とするものということができる。右訴訟において、権利取得裁決において定められた補償額が裁決の当時を基準としてみても過少であったと判断される場合には、判決によって、裁決に定める権利取得の時期までに支払われるべきであった正当な補償額が確定されるものである。しかも、被収用者である土地所有者等は右の時期において収用土地に関する権利を失い、収用土地の利用ができなくなる反面、起業者は右の時期に権利を取得してこれを利用することができるようになっているのであるから、被収用者は、正当な補償額と裁決に定められていた補償額との差額のみならず、右差額に対する権利取得の時期からその支払済みに至るまで民法所定の年五分の法定利率に相当する金員を請求することができるものと解するのが相当である。

所論は、本件では、収用土地に係る損失補償額の総額については争いがないが、収用土地上の小作権の存否につき争いがあるため、土地収用法四八条五項によるいわゆる不明裁決がされており、上告人は、同法九五条四項によって、小作権があるとされた場合の小作権の喪失に対する補償金について供託をしているにもかかわらず、原判決は、本件裁決が認めた割合よりも少ない小作権割合を認めたために生じたいわゆる底地権相当の損失補償額の増額分につき判決確定前からの遅延損害金の支払義務を認めており、この点に違法があるという。しかし、本件訴訟では、小作権があるとされる場合においても土地所有者である被上告人が前記権利取得の時期までに払渡しを受けるべき底地権相当の補償額が争われ、その額について正当な補償額に不足するとの判断がされたものであるから、その差額の支払義務は供託の対象となっている債務とは別のものであり、右差額については、右権利取得の時期より後の法定利率相当額が付されるべきものと解するのが相当である。

そうすると、被上告人に対する損失補償額増額分につき、本件裁決所定の権利取得の時期より後である本件訴状送達の日の翌日から民法所定の年五分の割合による金員の支払を命じた原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官尾崎行信 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫)

上告代理人神田昭二、同眞田文人の上告理由

一 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背及び判断の遺脱がある。即ち、土地収用法(以下「法」という。) 一三三条所定の損失補償の訴において、裁判所が収用委員会のした補償額の裁決を変更するためには、その裁決が収用委員会に認められている合理的な範囲での裁量を逸脱していることが必要であるにもかかわらず、原判決は、法令の解釈を誤り、右の点について全く判断することなく、判決しているものである。

そして、収用委員会のした本件裁決は合理的な裁量の範囲内であって、原判決は判決に影響を及ぼす法令の違背、判断遺脱があること明らかである。

1 法一三三条の損失補償の訴えの法的性質については、形式訴訟説と確認・給付訴訟説の対立がある。

形成訴訟説は、「損失補償の訴えは、形式的には当事者間で争わせる形をとってはいるが、実質的には収用委員会の裁決の取消・変更を求める抗告訴訟であり、そのうち補償額の増減を争う訴えは、補償額が裁決という行政処分により公権的に形成・確定されている以上、まず裁決の変更を求める形で提起される必要があり、裁決の変更を求めることなく直接に不足額の給付を求める訴えを提起することは許されない。」とするもので、行政処分性を肯定する説である。

他面、確認・給付訴訟説は、「憲法二九条三項は、『私有財産は正当な補償の下にこれを公共のために用いることができる。』と規定しているので、収用裁決がなされた場合には、当然被収用者の損失及びその補償義務が発生しているから、補償裁決はその補償額を確認・宣言するものであり、損失補償の訴えは、既に客観的に確定している補償額の確認ないしその給付を求める訴えであって、裁決の取消を必要としない。」とするもので、行政処分性を否定する説である。そして、この説によれば、既に補償額は客観的に確定しているという以上、収用委員会の裁量の余地もないことになると一応考えられる。

2 しかしながら、確認・給付訴訟説の主張するように「損失補償額が客観的に定まっている」といってみても、その金額はあくまでも観念的なものにすぎず、具体的には誰かが判断・決定しなければならないものである。

法は、収用委員会に対し、「権利取得裁決においては、土地又は土地に関する所有権以外の権利に対する損失の補償について裁決しなければならない」(四八条)とし、その補償基準としては「近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業の認定の告示の時における相当な価格に……得た額とする。」と定めている(七一条)。そして、補償額に不服がある者は、行政不服審査法による不服申立ではなく、損失補償の訴えを提起できることとなっており、しかもその際の当事者は裁決者たる収用委員会は除外され、起業者と土地所有者又は関係人との間で訴訟がなされることとなっている(一三三条)。

即ち、形成訴訟説と確認・給付訴訟説の対立は、右手続規定を如何に理解するかという法解釈の相違から来るものである。

(一) 思うに、①法が、第一次的には行政機関たる収用委員会に対して、補償基準を示してまで「権利取得裁決において損失の補償を裁決しなければならない」と命じていることからすれば、損失補償の訴えが提起されたからといって、裁判所が、収用委員会の決定した補償金額を全く無視して独自に金額を判断できるとすることは、右法の趣旨を逸脱し、三権分立の原則にも反することとなるものである。②そして、収用裁決において定めた補償金額については、出訴期間を経過すればもはやこれを争えなくなるのであって(一三三条)、この意味において確定力を有しており、損失補償の訴えが、右の裁決の効力を排除しようとする性質を有していることは否めないものである。③更に、「起業者は裁決によって定められた補償の金額を被収用者に支払い(又は供託)さえすれば権利を取得することができる」(九五条、一〇一条)こと等、収用委員会の定めた「補償金額」には様々な法律関係に影響を与える効力が認められているのであって、このような効力を有する「収用委員会の決定した補償金額」を単に補償額を確認・宣言するものにすぎないと解することは法解釈上到底できないものである。

即ち、補償金額について、その行政処分性を否定することはできないものであって、法解釈としては、損失補償の訴えは「実質的には収用委員会の裁決の取消・変更を求める抗告訴訟である」との形成訴訟説が正当なものである。

(二) ところで、給付訴訟説はその根拠付けとして、法一三三条が裁決処分の当事者である収用委員会を除外した訴訟形式をとっていることを理由の一つとしている。

しかしながら、法一三三条が収用裁決そのものに対する不服の訴えとは別個に損失補償に関する訴えを規定したのは、収用に伴う損失補償に関する争いは、収用そのものの適否とは別に起業者と被収用者との間で解決させることができるし、また、それが適当であるとの見地から、収用裁決中収用そのものに対する不服と損失補償に関する不服とをそれぞれ別個独立の手続で争わせることとし、後者の不服の訴については前者の不服の訴と無関係に独立の出訴期間を設け、これにより、収用に伴う損失補償に関する紛争については、収用そのものの適否ないし効力の有無又はこれに関する争訟の帰すうを切り離して、起業者と被収用者との間で確定、解決させようとの政策的な趣旨に基づくものであり、それ以上の内容までも含むものでは何らない。そして、行政事件訴訟法四条が、「この法律において当事者訴訟とは、当事者間の法律関係を形成する処分又は裁決に関する訴訟で法令の規定により、その法律関係の一方を被告とするもの……をいう。」と規定して、行政処分の効果として生じた法律関係の当事者間においても、当該行政処分に対する不服を争わせる訴訟があることを明らかにしているのであるから、法が損失補償の額について土地所有者等と起業者との間で直接争わせることにしたからといって、直ちに損失補償について給付訴訟まで認めたと解釈することには全くならないものである。

(三) また、確認・給付訴訟説は、最高裁判所判決昭和四三年一一月二七日を引用して、「補償請求権は、憲法二九条三項を根拠として当然に発生するものであり」、この解釈は土地収用法の如く補償について手続規定のある場合にも妥当し、右手続は請求権そのものの創設・形成のためのものではなく、請求権の確認宣言のためのものにすぎない。したがって、損失補償の訴えは、すでに憲法二九条三項の規定により客観的に確定している補償額の確認又は給付を求める訴えであると主張している。

しかしながら、右最高裁判所の判決は、補償規定を欠く公用制限法規の合憲性に関する解釈を述べたものであるにすぎず、これを補償規定・補償手続のある土地収用法の場合にそのまま持ち込み、裁決は確認・宣言的なものにすぎないとする解釈は妥当ではないものである。要は、各実定法規の定める確定手続の趣旨、性格をどのように理解し、それを前提にして損失補償関係訴訟を如何に性格づけるかという、土地収用法の解釈がなされなければならないのであって、右は確認・給付訴訟説を取らなければならない根拠とはならないものである。

(四) 尚、当事者が裁決の変更等を申し立てず、直接給付訴訟等を提起した場合であったとしても、裁判所の釈明権の行使、請求の趣旨の善解等によって訴訟手続上何ら不都合は生じないものであるから、形成訴訟説によったとしても何ら国民の裁判を受ける権利を侵害することにはならないものである。

(五) 以上のとおり、収用の場合における補償規定・補償手続を定めている土地収用法の解釈としては、損失補償の訴えは、行政機関たる収用委員会がなした行政処分たる補償裁決の取消し、変更を求める訴えであると解すべきものである。

3 収用委員会の裁量の有無について

土地収用法一三三条の損失補償の訴えは、右のとおり、収用委員会が法に従ってなした行政処分たる裁決によって定められた損失補償額につきその違法性の有無を判断するもので、その実質は抗告訴訟に属するものである。

法は、第一次的には行政機関たる収用委員会に対して補償の裁決を命じており(四八条)、またその補償基準についても「近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業の認定の告示の時における相当な価格に……得た額とする。」(七一条)と定めて、補償価格自体に絶対的な唯一無二の価格があるものではなく、一定の範囲内での裁量の余地があることを認めているが、これは補償額算定の基礎となる土地所有権の取引価格、底地権・小作権の権利割合等はその性質上算定方法等の如何によってある程度の差が生ずることは避けられないという実質的な理由に基づくものと解される。

したがって、右の法の趣旨並びに三権分立の原則からすれば、補償額の裁決については、収用委員会に合理的な範囲内(法七一条の定める限度における)での裁量が認められているというべきであり、その範囲を超える場合に初めて違法となり、裁判所は補償額の変更をすべきこととなるものである。

尚、確認・給付訴訟説によった場合でも、その主張する「客観的な価格」を絶対的な唯一無二の価格であるとまで主張するものでなければ、法四八条、七一条の解釈として、右と同様、収用委員会に合理的な範囲内(法七一条の定める限度における)での裁量が認められていると解することも可能であると考える。

4 因みに、福岡高裁民事第三部(昭和六三年(行コ)第四号)平成元年八月三一日判決(判例時報一三四九号)は、「法一三三条所定の損失補償の訴えは、収用委員会がした行政処分たる裁決によって定められた損失補償額につきその違法性の有無を審判の対象とするものであって、その実質は抗告訴訟に属するが、政策的見地から、右補償額の争いに関する訴訟については処分庁を当事者とせず、同条二項により補償額についての実体的権利義務の帰属主体である土地所有者または関係人と起業者とを当事者とする、いわゆる形式的当事者訴訟(行政事件訴訟法四条)による旨を定めたものと解せられる。そして、補償額算定の基礎となる土地所有権の取引価格等(法七一条等)は、その性質上算定方法如何により、ある程度の差が生ずることは避け難いところであるから、補償額の裁決については収用委員会に合理的な範囲内での裁量が認められ、その範囲を超える場合に初めて違法となるものといわなければならない。」旨判示しているが、至極正当なものである。

そして、右判決は、土地所有権の価格に関するものであるが、この理は、底地権・小作権割合にも同様に該当するものである。

5 而して、本件においては、第一審判決が、「本件裁決が近隣の事例も考慮しながら本件小作権が存するとした場合の小作権割合を四〇パーセントとして補償金額を算定したことは、収用委員会の合理的裁量の範囲内である」としたことは、至極正当なものであって、原判決は破棄されるべきものである。

因みに、本件の如く底地権と小作権との権利割合については、取引事例も、土地所有権の価格に比較して極端に少ないことからすれば、収用委員会に認められる裁量の合理的範囲も必然的に土地価格よりも広くなるものと考えられる。

二 <省略>

三 原判決は、次のとおり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

即ち、原判決は、「権利取得裁決中、賃借小作権、賃借権が存するものと確定した場合の控訴人(被上告人)に対する損失補償額三三九五万六七三五円を三九六一万六一九一円と変更する。」とした上で、「右差額五六五万九四五六円及び権利取得の時期である平成二年四月二〇日以降で訴状送達の日の翌日である同年六月二九日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。」旨判示している。

しかしながら、右判決は、上告人が右差額相当額について弁済供託をしているにもかかわらず、法令の解釈を誤って遅延損害金の支払義務を認めたもので、判決に影響を与えること明らかな法令違背があるものである。

即ち、本件裁決の内容は、賃借小作権があるとした場合の底地権を六割、賃借小作権を四割とした上で「土地に関する損失補償金額を合計金五六五九万四五五九円とし、(一)土地所有者(被上告人)に対して合計金三三九五万六七三五円。但し、松永虎槌(上告人補助参加人)の賃借小作権(又は賃借権)が存しないものと確定した場合には合計金五六五九万四五五九円。(二)賃借小作権者(又は賃借権者)存否不明。但し、松永虎槌の賃借小作権(又は賃借権)が存するものと確定した場合には松永虎槌に合計金二二六三万七八二四円。」とするものであった。

そして、かかる法四八条五項の不明裁決がなされた場合には、起業者は、法九五条四項によって、賃借小作権があるとされた場合の補償金を供託しなければならないと定められている。そこで、起業者たる上告人は、平成二年四月六日、右金員を山口地方法務局徳山支局に供託した(乙第二二号証)。

ところで、本件においては、被上告人は右損失補償金額の総額について争っているものではなく(尚、補償金総額については起業者は申請総額を超えてまで補償するものではないことも認められている。)、権利割合について争っているにすぎず、その争っている部分(原判決が認定した差額五六五万九四五六円をも含む)については、上告人は既に被供託者を被上告人又は上告人補助参加人として供託しているものである。この供託の法的性質は弁済供託であると解されている。

遅延損害金(又は利息)の支払義務が発生するためには、上告人に責めに帰すべき事由ないしは何らかの利得をしていることが必要であると解されるところ、本件においては、上告人は法律の命令及び第三者たる収用委員会のなした裁決に従って供託しているものであるから責めに帰すべき事由は何らないものであるし、また上告人には総額としては現在供託している金額を超えてまでの支払義務が発生するものでもないのであるから(例えば、土地の価格に争いがある結果、判決において損失補償金額の総額が増額された場合には、供託していない部分については当然に遅延損害金ないしは利息の支払義務が発生するであろうが)、遅延損害金の支払義務は法律上認められるべきではないのである。少なくとも収用裁決を変更する判決が確定するまでは遅延損害金は発生しないと解すべきものである。

四 以上、いずれの点よりも原判決は違法であり、破棄されるべきである。

上告補助参加代理人松崎孝一の上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるので、その破棄を求める。

一 一審判決は、補償額の裁決については収用委員会に合理的な範囲内で裁量が認められる旨判示したうえ、本件小作権割合を四〇パーセントと認定した本件裁決は相当であり、少なくとも右裁量の合理的な範囲内であると認めるのが相当であると判示している。そして、補償額の裁決について収用委員会に合理的な範囲内で裁量が認められることは、福岡高裁平成元年八月三一日民事三部判決が認めているところである。

しかるに原判決は、収用委員会の右裁量を認めず、本件土地の小作権の割合も通常は四割と認めるのが相当であるとしながら、本件土地の耕作が、昭和三六年ころから(一部は昭和四三年ころから)始まったものであり、農地法三条所定の農業委員会の許可を受けていないことを理由に、本件土地の小作権割合を三割と認定し、一審判決を変更している。

しかしながら、小作権割合を定めるにあたって、戦前から耕作を続けている小作権であるか、それとも二〇年もしくは三〇年程度耕作を続けている小作権であるかといった点や、農地法所定の許可を受けている小作権であるか、それとも許可は受けていないが時効により農地法上所定の許可を受けた小作権と同等に扱われるに至った小作権であるかといった点を考慮するかどうか、また考慮するとしてそれをどの程度考慮するかは、計数的に一義的明確に定めることは不可能であり、収用委員会は、小作権を評価するにあたり、耕作の期間、権利の態様等をどの程度考慮するかにつき合理的な範囲内で裁量を有するとすべきである。そして、本件土地の耕作は、少なくとも二〇年以上継続しているものであり、仮に時効が成立しているとすれば、農地法所定の許可を得ていないという瑕疵も治癒され、右許可を得ている小作権と同等の扱いを受けるのであるから、本件土地の小作権割合を、戦前から耕作を続け、農地法所定の許可を得ている小作権と同等の割合に評価することにも合理性が認められるのである。

それにもかかわらず、原判決が一審判決を変更したのは、原判決が法令の解釈を誤った結果、収用委員会の右裁量権を認めなかったことによるものであるから、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある。

二 <省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例